Campeonato Brasileiro Serie A ブラジル全国選手権 1部

30年目の決着 1987年のブラジル国内王者はペルナンブーコ州の名門スポルチに決定

1987年のみ分裂していたブラジル国内リーグの優勝チームについて
▲ 1987年のカンピオナート・ブラジレイロを制したスポルチ。30年の歳月を経て正式に1987年のブラジル国内王者となった
30年目にようやく決着した。ブラジルの最高裁判所は18日、1987年のカンピオナート・ブラジレイロ(愛称:ブラジレイロン)優勝チームをペルナンブーコ州の名門スポルチのみとする決定を下した。

1972年頃からカンピオナート・ブラジレイロの規模拡大を推進していたCBF(ブラジルサッカー連盟)に対し、強豪チームのいくつかは兼ねてからCBFの方針に反対姿勢を示していた。1979年には数チームが出場辞退を決めただけでなく、1987年にはフラメンゴやサンパウロなど主力13チームがCBFとは異なる独立リーグ「コパ・ウニオン」を設立。コパ・ウニオンは16チームによって争われ、それ以外のクラブチームがCBF主催のカンピオナート・ブラジレイロを開催する異様な事態に陥った。

コパ・ウニオンの王者は、当時ジーコやジーニョ、ベベット、ジョルジーニョ、レオナルドらを擁した名門フラメンゴ。一方、カンピオナート・ブラジレイロの王者は、のちに清水エスパルスやヴェルディ川崎などでも指揮を執ることになるエメルソン・レオンが当時“選手兼監督”として率いていたブラジル北東部のペルナンブーコ州の名門スポルチ。分裂したそれぞれのリーグで王者が決まったことを受けて、当時のCBFは双方によるチャンピオンシップの開催を提案したが、フラメンゴがこれを拒否したことによって1987年は王者が2チーム存在する中途半端な記録になっていた。

▲ 1987年のコパ・ウニオンを制し、同年唯一の王者を主張していたフラメンゴ。右下からジーニョ、ジーコ、レオナルド、そして右上にはジョルジーニョと、のちにJリーグで活躍するスター選手が集結したチームだった
今回決着するまでにも何度か裁判が行われるなど、1987年の王者については断続的に議論がなされてきたが、解決に至らないまま気がつけば30年の歳月が流れ、そしてこのたび最高裁による判決が言い渡された。

18日に行われた裁判では、フラメンギスタ(フラメンゴのサポーター)である判事1名がフラメンゴを王者とする一票を投じたほか、1名の判事が投票を棄権したが、他の3名はスポルチの優勝に票を投じた。この結果、1987年の優勝チームはスポルチとする公式記録が確定した。

最高裁の判決を受けて、スポルチの twitter 公式アカウントは「最高裁が1987年のチャンピオンをスポルチにしてくれた」と祝福のメッセージを投稿。一方、優勝を取り消されたフラメンゴは、 twitter 公式アカウントで「1987年のブラジル王者は変わらずフラメンゴだ」とツイートして、最高裁の判決に異議を唱えている。

2017.04.18

★カンピオナート・ブラジレイロの試合結果、順位表、得点ランキングなどはこちら。

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