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79歳で衝撃的なカミングアウト “王様”ペレは少年時代からバスコ・ダ・ガマのファンだった!

元ブラジル代表FWペレ氏が79歳になって初めて明かした好きなクラブチーム
▲ チアゴ・アズマール氏のYouTubeチャンネルに出演して自身の好きなクラブチームを明かした元ブラジル代表FWペレ氏(右)
7日前に実の弟を亡くした元ブラジル代表FWペレ氏が、79歳の今になって意外な事実を告白した。

ペレ氏は現役時代、1956年にデビューしたサントスで19年間に渡って活躍し、晩年はニューヨーク・コスモス(U.S.A.)で3シーズン過ごした。それ以上に有名なのはブラジル代表での実績で、ブラジル代表を3度ワールドカップ優勝に導いたのを筆頭に、1958年にはワールドカップの最優秀若手選手賞を受賞。1959年にはコパ・アメリカで得点王になり、1999年には「20世紀の偉大なサッカー選手100人」の栄えある1位に輝くなど、サッカー史に残る偉人として多くのサッカーファンに愛されているレジェンドである。

現役時代の功績から、ペレ氏のイメージといえばサントスとブラジル代表が専らだが、なんと同氏の愛情は別のチームに注がれていた。

かつて Rede Globo のスポーツジャーナリストを9年間務めたチアゴ・アズマール氏が2017年に立ち上げたYouTubeチャンネルに出演したペレ氏は、自身の幼少期を振り返りながら、愛するクラブチームの名前を口にした。

「幼い頃、私の友だちのほとんどと、私の父の友人はみんなコリンチャーノ(コリンチャンスのサポーター)だった。私は3歳で生まれ故郷(ミナス・ジェライス州コラソンイス)からサンパウロ州のバウルに家族で引っ越したのだが、バウルではコリンチャンスか地元のアトレチコ・バウルのサポーターだらけだった。コリンチャーノが大半だったね。でも私が夢中になったチームは、バスコ・ダ・ガマなんだよ。どうしてバスコを好きになったのかは覚えていなくて、気がつけばバスコを応援していたね」

▲ 1958年のFIFAワールドカップで試合終了後に対戦相手を労う元ブラジル代表FWペレ氏(中央)
少年時代にバスコに魅了されたペレ氏は、サントスのエースとして活躍しているときも心の奥底ではバスコを気にかけていたという。

ペレ氏は、バスコとの間に特別な縁を感じているらしく、実は同氏が通算1,000点目のメモリアルゴールを決めた試合の対戦相手がバスコだった。1969年11月19日、65,157人の大観衆が詰めかけた聖地マラカナンで開催されたのは、現在のブラジレイロンに相当するタッサ・ジ・プラータ(トルネイオ・ホベルト・ゴミス・ペドローザ)と呼ばれた主要州のチームが集結して行われたリーグ戦。「バスコ・ダ・ガマ vs サントス」の試合に出場したペレ氏は、大観衆の前で記念すべき通算1,000ゴールを達成したのであった。

ちなみに「タッサ・ジ・プラータ」とは、サンパウロ州、リオ・デ・ジャネイロ州、リオ・グランジ・ド・スウ州、ミナス・ジェライス州、パラナー州のクラブチームが集まって、1967年から1970年にかけて4シーズン開催された全国的な大会。1971年から始まるカンピオナート・ブラジレイロ(略称:ブラジレイロン)の前身となった。

ペレ氏の意外な告白を受けて、YouTubeチャンネルのコメント欄はなかばお祭り騒ぎに。「ペレ、バスカイーノ(バスコ・ダ・ガマのサポーター)だったとは!」、「バスコがブラジルNo.1クラブだ!」、「ペレと同じバスカイーノであることは私の誇り」、「すべてのバスカイーノよ! “キング”の声を聞いたか!?」、「KING I love you」 といったコメントが並び、歓喜のるつぼと化している。

バスカイーノにとっては興奮を隠しきれない次元の朗報であろうが、対照的にサンチスタ(サントスのサポーター)の心中はいかばかりか。
2020.04.01

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