FIFA World Cup 2014 FIFAワールドカップ 2014 ブラジル大会

▲首都ブラジリアの位置
ポルトガルの占領から独立するまでの間、ブラジルの首都は大西洋沿岸部のリオ・デ・ジャネイロだった。(リオ・デ・ジャネイロは一時期ポルトガルの首都でもあった。)
そのリオ・デ・ジャネイロから首都機能がブラジリアに遷都されたのは1960年。時のジュセリーノ・クビシェッキ大統領による政治決定によって、人工都市ブラジリアはブラジルの内陸部に建設された。ブラジリアという街は建設されてからわずか53年しか経っていない、歴史の浅い都市である。 だが、浅い歴史にも関わらず1987年には世界遺産に登録された希有な記録もある。

別の見識では、1960年代〜1980年代のハイパーインフレを引き起こした国家的事業として揶揄されている新首都ブラジリアの建設。各方面に様々な波紋を呼んだ苦悩の歴史が、ブラジリアには眠っている。

ブラジリアは“州”でなく“連邦直轄区”。そのブラジリア連邦直轄区において誕生した最古のクラブチームは、1975年の6月2日に設立された「ブラジリア・エスポルチ・クルービ」だ。しかし今日のブラジリアにおいて隆盛を誇っているのは、ブラジリア市外に本拠地を置くクラブチームばかり。ソシエダージ・エスポルチーバ・ド・ガーマ(略称:ガーマ)、セイランジア・エスポルチ・クルービ(略称:セイランジア)、ブラジリエンセ・エスポルチ・クルービ(略称:ブラジリエンセ)の3強だ。

ブラジリアが首都機能を備えたのは1960年だったが、首都機能建設当時の1959年には「ブラジリア連邦直轄区選手権」が開幕されている。

現在首都を代表するクラブチームといえば、ブラジリエンセか。2000年に設立されたクラブチームでその歴史は日本のJリーグよりも浅いが、2002年にブラジレイロン・セリエC(3部)、2004年にはブラジレイロン・セリエBを優勝して、2005年にブラジレイロン・セリエA(1部)を経験した。 新興チームながらブラジリア連邦直轄区選手権におけるブラジリエンセの優勝回数は6回で、最多優勝回数10回を誇るガーマに迫る勢いだ。

▲ ブラジリア出身の選手の中でも定評のある元ブラジル代表DFルッシオ
首都ブラジリアが生んだ偉大な選手は2人。一人は、かつてレーファークーゼン、バイエルン・ミュンヘンでも活躍したルッシオ(ルシマール・ダ・シウバ・フェヘイラ)。現在はサンパウロでスタメンを張る元ブラジル代表DFは、ブラジリア出身の選手として象徴的な存在となっている。

そのルッシオに負けず劣らずの大選手と評されているブラジリア出身者が、カカ(ヒカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ)。ミラン、レアル・マドリーといった世界的なクラブで活躍した選手として、その人気は絶大である。

首都ブラジリアで現在建設中のエスタジオ・ナシオナウ(国立競技場)は、改修後も7万人の収容数を維持すると言われており、また2014年のW杯でも複数回の試合を開催する会場として重要視されている場所だ。
補足までに、ブラジリアの気候は年間を通しての平均最高気温が26〜27度。平均最低気温は11〜17度で、日本よりもずっと過ごしやすい気候だ。

首都機能が移転し、半世紀ほどで急速に発展したサッカー王国の首都ブラジリア。ルッシオ、カカを生んだ首都は、ブラジルW杯を成功させる一端を担うものと思われる。

名称 エスタジオ・ナシオナウ(改築中)
収容人数 71,400
コートの広さ 105m×68m
開催予定試合 グループリーグの4試合、決勝トーナメント1回戦の1試合、準々決勝1試合、3位決定戦
ホームチーム ブラジリアEC、ガーマ、ブラジリエンセ、セイランジア
街の人口 2,562,963
オススメ観光地 国会議事堂、アウボラーダ宮殿、プラナウト宮殿、三権広場、ブラジリア大聖堂、 など
2013.02.16
Cartao Amarelo の管理人が作ったLINEスタンプ「サッカー選手」販売中! LINEをご利用の皆様は是非ご購入ください。
Cartao Amarelo の管理人が作ったLINEスタンプ「サッカー選手」販売中! LINEをご利用の皆様は是非ご購入ください。
▼ 最新ニューストピックス
Cartao Amarelo の管理人が作ったLINEスタンプ「馬〜くん」販売中! LINEをご利用の皆様は是非ご購入ください。
Cartao Amarelo の管理人が作ったLINEスタンプ「馬〜くん」販売中! LINEをご利用の皆様は是非ご購入ください。

twitter  公式アカウント (@amarelo2004)

お問い合わせ

サイトに関するお問い合わせはこちらからお願いします。