FIFA World Cup 2014 FIFAワールドカップ 2014 ブラジル大会

▲フォルタレーザの位置
大西洋を北に望むブラジル北東部セアラー州。近年の著しい開発により爆発的に人口が増えた州都フォルタレーザは、ブラジルで最も人口密度の高い街として知られる。この街には全長34kmに及ぶ巨大な海岸(イラセーマ海岸、ムクリッピ海岸など)があり、その砂浜でサッカーの歴史は育まれた。2014年W杯における最北端の開催地であり、そしてワールドカップの試合が開催される場所としては史上最も赤道に近づく。

この街の歴史は、1500年にスペインの探検家ピンソンが開拓し、17世紀にポルトガルによって植民地化されたことに起因する。オランダが一時的にブラジル北東部を占領していた時代もあったが、オランダの支配を排除して再びポルトガルの支配下に置かれた際、ポルトガル人が街を「フォルタレーザ・ジ・ノーザ・セニョーラ・ダ・アスンソン」と命名。現在のフォルタレーザに至っている。

この街にサッカーが伝来したのは1904年。青年ジョゼ・シウベリオ氏がフォルタレーザに初めてサッカーボールを持ってきたとされている。
そこから10年後の1914年6月、ルイス・エステベス・ジュニオール氏とペドロ・フレイリ氏の2人に賛同した者たちによって「リオ・ブランコ・フットボールクラブ」という名のクラブチームがセアラー州に初めて誕生した。同クラブは翌年に「セアラー・スポルチン・クルービ」(以後「セアラー」)に改名し、同州を代表するクラブチームとして数々のタイトルを獲っている。セアラーのチームカラーは黒と白だが、設立当初は紫と白だったという。紫色の抽出技術が当時は難解だったことにより、白黒の2色に変えた方が効率的との理由からチームカラーが変更されたと伝えられている。

ブラジルW杯が行われる来年が設立100周年の節目となるセアラーの、最大のライバルチームはフォルタレーザ。1918年、フランス人によって「フォルタレーザ・スポルチン・クルービ」として設立された。(現在はスポルチンでなく「エスポルチ」が使われている)

同州の選手権は、まず州都フォルタレーザにあるクラブだけで競う「フォルタレーザ選手権」として1915年に開幕。5年後の1920年に現在のセアラー州選手権(Campeonato Cearense)に変更されて現在に至る。州選手権の優勝回数は、41回のセアラーと39回のフォルタレーザが他を圧倒。90年に渡って2強の時代が続いている。
同州のクラシコは言わずもがな「セアラー対フォルタレーザ」。この対決は“クラシコ-レイ”と呼ばれ、1922年の州選手権決勝での対戦が“クラシコ-レイ”の始まりといわれている。

州内では他の追随を許さない2強だが、セアラー、フォルタレーザともにブラジル全国選手権で優勝した実績はない。前者は1964年の3位が最高で、後者は1960年と1968年の準優勝(2位)が最高。
フォルタレーザにはブラジレイロン優勝のチャンスが2回あったわけだが、当時のパウメイラスとボタフォゴの前に涙を呑んだ悔しい歴史を抱えている。
セアラーの悔恨は、1994年のコパ・ド・ブラジウで準優勝に終わったことになろう。決勝まで勝ち進んだが、グレーミオの前に 0-1 で惜敗した。

フォルタレーザが生んだ史上最高の選手を挙げるなら、ブラジル代表にも選ばれたことのあるマリオ・ジャルデウ。得点嗅覚に長けたゴールハンターで、とりわけFCポルトに入団した1996年からスポルティング・リスボンを退団するまでの2003年における活躍がすさまじい(6年間で合計196ゴール)。ただしフォルタレーザ出身ながら、同市のクラブチームでプレイしたのは2009年のフェホビアーリオが初めてという、故郷でのキャリアがほとんどない選手でもある。

▲スタンド全体が屋根に覆われた新生カステロン。ただし、ピッチに近いスタンド最前列あたりは風次第で雨に濡れそう?
フォルタレーザにある代表的なスタジアムは2つ。1つはセアラーの本拠地であるエスタジオ・プレジデンチ・バルガス。そしてもう1つが「エスタジオ・プラーシド・カステーロ」(愛称=カステロン)だ。
1973年に竣工したカステロンは、2002年から段階的に改装工事が施され、2012年末に全面リニューアルが完了。翌年のワールドカップを開催するスタジアムの中では完成第一号として脚光を浴びているスタジアムだ。ドーム型ではないものの全座席が屋根に覆われており、内部には映画館、レストラン、ショッピングモール、ホテルなどが同居する観光複合施設としても注目を集めている。

冒頭の記述と重複するが、ワールドカップの歴史上で最も赤道に近い開催都市となるフォルタレーザ。(※) そこは日本のような季節の移り変わりなどない、年間平均気温が最低23.4度〜最高29.8度という常夏の街だ。
カステロンの屋根に守られながら日陰のスタンドでワールドカップを観戦するも良し。カステロンの中にある複合施設で遊ぶも良し。そして長く連なる海岸やビーチパークに繰り出して、照りつける強い日差しを浴びながら海水浴を満喫するも良し。赤道直下の大都市フォルタレーザでの楽しみ方は、あなたの選択次第で無数に広がる。

名称 エスタジオ・プラーシド・カステーロ(愛称=カステロン)
収容人数 64,846
コートの広さ 110m×75m
開催予定試合 グループリーグの4試合、決勝トーナメント1回戦の1試合、準々決勝1試合
ホームチーム セアラー、フォルタレーザ、フェホビアーリオ
街の人口 2,447,409
オススメ観光地 ビーチパーク、フォルタレーザ大聖堂、ジョアン・フェリッピ駅 など
※1950年に開催されたブラジル大会における開催地の最北端は、ペルナンブーコ州の州都ヘシフィ。 両都市を緯度で比較すると、フォルタレーザ:南緯3度、ヘシフィ:南緯8度。

2013.03.02
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